水曜聖書の学び

創世記34章 No.2:

さて、この話しの中には、レアの娘ディナ、その父ヤコブ、ディナの兄のシメオンとレビ、それに、ディナを犯したヒビ人のシェケムとその父のハモルが登場してきます。この話しで、その時何が起きたかを知ることは簡単ですが、その言わんとするポイントを掴むことは難しいです。イスラエルでこんなひどいことが起きてはならないという、倫理的なことを教えるために書かれたとするのはあまりにも単純過ぎて、創世記の本の趣旨と離れていて、考えにくいです。妹の身に起きたことにいくら腹を立てたとしても、その町の男達をだまして割礼を受けさせ、突然攻撃し、彼ら全部を殺し、その持ち物も略奪してもいいのでしょうか。それを思うと、シメオンとレビのしたことを嘆いたヤコブの方が正しかったとなります。でも、ハモルとシェケムは、自分たちの町の人々とヤコブの子供達が互いに結婚し合い、民族の混合を願って来ました。そうなると、神様の選びとその契約はどうなるでしょうか。彼らの願いを受け入れても良いのでしょうか。とんでもないです。ならば、ヤコブのような柔軟な態度も良くないことになります。ヤコブはおそらく、ラケルを愛していたので、レアの娘ディナのことはあまり重要に考えていなかったようです。どうも、この話しの中で、完全に正しいと言える人物はいないようです。それにもかかわらず、神様の計画は着々と進んでいきます。それがポイントのようです。