水曜聖書の学び

創世記37章No.2:

ヨセフの話しの2回目です。彼の見た夢を兄弟たちがどのように受け取ったかについて、もう一度考えました。この夢が神様からのものであるなら、それをねたんでも仕方がありません。ところが、彼らがこの夢の話しを聞き、ヨセフをねたみ、「彼をますます憎むようになった」ということは、彼らが人間的なレベルでのみ、その夢なり、彼のことばを理解していたことが分ります。確かにその夢を見たのはヨセフであり、それを語ったのも彼ですが、そこに神様の計画や導き、この歴史を裏から操っておられる神の存在が見えていなかったのです。同じ間違いを私たちもよく犯します。  ヨセフは、お父さんに頼まれて、シェケムに行ったはずの兄弟たちの安否を知るために、ヘブロンから出かけます。ところが、シェケムに着いても、そこには兄弟達の姿がありません。彼らはどこに行ってしまったのでしょうか。そんな時、親切にも、彼に近づいて、「何を捜しているのですか」と聞いてきた人がいます。その人はたまたま、「ドタンの方に行こうではないか」と言っている人達のことを耳にしていたので、それを彼に告げます。そこでヨセフはさらに北の方へ、ドタンに向かって旅をして行きます。良かったですね、この人の親切のおかげで兄弟たちの居場所が分って。え?本当に、「良かった」と言えますか。ドタンに着いた彼にはどんなことが待っていたのでしょうか。これは、神様のしたこと、あるいはサタンのしたこと?興味のある人、水曜日、来て下さい。