水曜聖書の学び

創世記38章No.2:

38章のユダとタマルの話しをさらに考えてみました。この話しは実は、聖書の中でも、説教に使うには非常にむずかしい話しの一つです。それは、当然のことながら倫理的な問題がからんでくるからです。どう考え且閧ヘカナンの女であり、聖書は異邦人の娘を嫁にすることも禁じています。そんな中で、この話しは、どういった意味を持っているのでしょうか。驚くべき事実は、このユダとタマルとの間に生まれたペレツを通して、ダビデが生まれ、やがてイエス・キリストが生まれてくるのです。さらに、この話しは、ユダがタマルの正しさを認めるときに(26節)、読者の持つ伝統的倫理観が大きく曲解されます。ユダは相手が自分の息子の嫁のタマルと知らないで遊女として彼女を買っただけです。しかし、タマルは相手が自分の義理の父であることを最初から知り、計画をもって彼と寝ました。どちらが「正しい」のでしょうか。この話しを示唆するようなイエス様のたとえ話がルカ18章にあります。そこでも、裁判官は女の言い分を取り上げ、彼女のために正しい裁きをしています。さあ、どうでしょうか。あなたは