水曜聖書の学び

創世記49章 :

ヤコブはヨセフの子たちを祝福して、エフライムをマナセの前にし、マナセは一つの民に、エフライムは多くの国々となることを予言します。そこから祝福ということについて改めて学びました。そもそも、人間は祝福のうちに創造され、神様が語られた祝福のことばが今も有益になって働いています。言い換えれば、人は祝福の生き物です。神の祝福の中に生き、他の人を祝福するために存在しています。だから人を通して与えられる神様の祝福を軽く考えてはいけません。ヤコブ自身が受けた長子の権威の祝福も、イサクがエサウと間違えて与えることによって引き継がれてきたのです。当然のことながら、あなたが人との関係を無視する生活をし、だれもあなたを祝福したいと思わなければ、神の祝福を受けにくいということです。もちろん、それは、あなたが人間的に人にへつらうことによって祝福を受けることを言っているのではありません。あなたが他人に量る量りで自分も(神に)量り返されます。愛する者は愛され、与える者は与えられますが、さばく者はさばかれます。人との関係が神との関係を左右する典型的な例です。ヨセフは、父ヤコブに仕え、正しく生きました、それが彼と彼の息子たちが祝福を受ける要因になったのです。逆に、長子であったルーベンは、ヤコブのそばめと寝たので、長子の権威を失い、シメオンとレビも、彼らがシュケムの町に行ったことによって、祝福を失ったことが示唆されています。