水曜聖書の学び

創世記49 No.2章 :

さて、ヤコブは自分がこの世を去ることを知り、自分の子供たちを集め、ひとりひとりに祝福のことばを語ります。祝福と言っても、それらは、彼らの将来にどんなことが起きるかという予言でもありました。全体が詩の形をとっており、その解釈は非常にむずかしてです。長男のルーベンは、ヤコブのそばめと寝たために、長子の権利を失ったことや、シメオンとレビの場合は、ショケムの町を勝手に攻めたことが原因で祝福からもれたことなどが示唆されています。ユダから出る獅子、またその王権とは、ダビデ王、またやがて来るメシアのことを指していると考えられます。あと、不思議なのはヨセフに関する祝福のことばです。ヨセフの子孫は、やがてイスラエルの北の国に当たる部族を占めることになりますが、彼らはアッシリアに滅ぼされてしまい、その後の彼らの経緯を見るに、これらのことばが、どのような歴史的事実当てはまるのかを知るのは非常に困難です。同様に、他の息子たちの場合も聖書の記述からは、ひとりひとりがどのような性格や趣味の持ち主であり、父にどのように思われていたのかを察することができず、それが、ヤコブの祝福のことばにどのように影響したのかということを知るのはほとんど不可能です。分らないことは、勝手な解釈にしないで、後にまた何か分る時がくるまで、棚に置いておくという謙遜さが必要です。