水曜聖書の学び

創世記50章 :

予言されたとおり、ヨセフが見守る中、ヤコブがエジプトの地でなくなります。ヨセフはパロの許可により、ヤコブをヘブロンにあるマクペラの墓に葬ります。パロの家臣や長老達が出席する中、葬儀は大変荘厳に行われました。葬儀が終ると、ヨセフの兄弟たちは、ヨセフが自分たちのした悪に報いてくることを恐れ、彼の所へ使いを送り、父が生きている時、ヨセフに自分たちのした悪を赦すように言ったことを伝えます。兄弟たちが、自分たちがヨセフにしたことに関して、初めて「罪」「そむき」、また「悪」ということばを使って表現したことになります。ヨセフはそれを聞いて泣き、「あなたがたは、私に悪を計りましたが、神はそれを、良いことのために計らわれた。それは、今日のようにして、多くの人々を生かしておくためでした」と答えます。これはあたかも、神様が人間たちに「あなたがたは、わたしに反逆して罪を犯しましたが、私はそれをあなたがたのために益とした。それは、今日のように全人類を救うためでした」とおっしゃっているようです。悪を行う人間に対して、神様はそれを使って、その人間たちのために善を行われるというのが、天地を創造された神様が、罪を犯してしまった人間たちになさる救いの業です。これこそが、創世記全体のテーマであり、モーセ五書のテーマでもあり、またやがて、イエス・キリストを通してなされる宇宙レベルでの救いのことであり、旧約と新約の両方を含めた聖書全体のテーマでもあります。