出エジプト記 17章:

16章の復習から、17章に向かって読みました。 民のつぶやきに対して、神様が彼らを試みられたのですが、 今回も申命記8章の続きを読みながら、「試みる」ということばの意味について掘り下げてみました。 そこには、幸いないことに、ナサー(試みる)ということば意外にも、違った動機が幾つか使われて、 その意味を説明していてくれます。私たちが普通、単純に「試みる」という言葉を聞いて思うこととは、 かなり違った意味の動詞が使われていることに、少し驚きを感じます。でも、よく考えて見ると、 一つ一つの動詞が、ちゃんとつながっており、神様の言わんとされるところがよく分って来ます。 大事なことは、神様が人間を試される時は、よい目的のために、つまり、人間の益のためになさるということです。 実はサタンも人間を試みることをしてきます。その場合は、人間の人生を破壊し、殺すためです。 また、17章の最初の所も読みました。今度は、民が神様を試した話しです。どういう意味でしょうか? 実は、人は自分が神様を試みているのに、それに気が付かないでいることが多いです。興味のある人は、CDをどうぞ。

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