出エジプト記 20章 No.8:

先週は、「盗んではならない」の戒めについて学びました。盗んではならないとは、ただ単に、他人の持ち物を取って、人に迷惑や損害を与えてはならないという意味だけでしょうか。みことばには、いつももっと深い意味があるはずです。他人の持ち物があるとすれば、自分の持ち物もあることになりますが、そうなら、あなたは自分の持ち物をどのようにしますか。実は、人は自分の持ち物で、結局、盗みをしていることもあるのです。不正の管理人のたとえ話(ルカ16:1-13)を読んで下さい。これを解き明かすことができれば、すばらしいです。この不正の管理人が主人の財産を乱費していたとは、どういう意味でしょうか。彼は、自分がその仕事から解雇されることを知り、あることをしましたが、それがイエス様にほめられています。そして、結論は、「また、あなたがたは他人のものに忠実でなかったら、だれがあなたがたに、あなたがたのものを持たせるでしょう」ということです。え!?どうして?この人は、自分の主人の財産を無駄にしたのです。この人こそ、他人のものに忠実でない人の代表ではないですか。実は、これは、非常に大切な真理が前提になっています。それは、すべて存在するものは、神のものであり、私たちのものは一つもないということです。もし私たちが何かを持っているとしたら、それは私たちに委ねられているに過ぎないのです。そして、それを全部返す時が来るのです。これを間違えると、人生は全部変な方向に行ってしまいます。しかしそれが、この世の普通です。ですから、上のたとえ話が私たちに分りにくいのは当然です。すべてが神のものであり、私たちのもの、というものが何もないとすれば、私たちは本当に盗むべきではありませんよね。たとえ、それが自分のものであっても。興味のある人、CDをどうぞ。

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