出エジプト記6章 :

パロにあっさりと断られて落胆していたモーセに、神様は「私は主(ヤーベ)である」と、ご自分のなさろうとしていること、これからまさに起きようとしていることを述べ、彼を励まされました。これも非常に問題とされる箇所です。それは、ヤーベの神が、それまでは「エル・シャダイ(普通、全能の神と訳される)」という名で自分を表されたが、このときから、「ヤーベ(私たちの聖書では、主と置き換えられる)」という名で表されるようになったと書かれてあることです。ところが、ご存知のとおり、創世記にはすでに「ヤーベ」という名前が使われており、散文の部分だけでなはなく、話し言葉のなかにも頻繁に使われていることから、聖書がどういう意味で「ヤーベ」の名前で神様がそのときから表されるようになったというのが、非常に理解しにくいです。もう一つの難点は、「エル・シャダイ」という名前の持つ意味です。どの聖書も「全能の神」と訳されていますが、それが正しいとすれば、その神として表すことと、改めてこの時から「ヤーベ」の名前に変えることにはどういう意味があるというのか、分かりません。
 実は「エル・シャダイ」という名前の持つ意味は、学者たちの間でも、まだ定説はなく、はっきりわからないのです。そうならば、こういった固有名詞は、カタカナでそのまま書き表すべきところを、「全能の神」と訳してしまうから、この箇所の意味が余計に分からなくなってしまいます。しかし、この言葉の意味を探るのは、そんなにむずかしいことではありません。言葉の意味を知るための鍵はいつも文脈にあります。実は、この箇所には、恐るべき真理が隠されています。聖書を真剣に学びたい人、これは、掘り下げて見る価値が大いにあります。


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