出エジプト記8章 :

「わたしは主である」ということばが、イスラエルの民には、ヤーベの神が彼らにお与えになった約束の成就、つまり、約束の地に入ることを意味することを先回までに学びました。ところが、おもしろいことに、異邦人であるパロやエジプト人に関しても、「エジプトはわたしが主であることを知るようになる」と言われています。これは、どういう意味があるのか。ヤーベの神がエジプト人の神にもなられるのか。また、彼は異邦人をも救われるのか。この問題は簡単のようで簡単ではなく、やや説明が必要です。その鍵になる箇所を少し見ました。異邦人らがまず知らなくてはならないのは、この神がすべてを造られ、すべてを支配される唯一の神であることです。しかし、実は、イスラエル人にとっても、その真理を知るようになるためにはかなりの時が必要だったようです。
さて、モーセとアロンは再度、パロのところへ行き、自分たちの民を行かせるように頼みます。その時、杖を蛇に変えるという奇蹟を行いますが、パロの呪術師たちも同じことをします。それを見たパロは、心を強くし(かたくなにし)、モーセとアロンの申し出を受け入れようとしません。それで、ナイルの水が血に変わる奇蹟がなされます。その一週間後、今度はナイルにいたかえるが地上に上がってきて人々を悩ます奇蹟が起きます。おもしろいことは、いつも、パロの呪術師らが彼らの呪法を使って同じことをします。それで、パロはかたくなになり、ヤーベの神を認めようとはしないのです。さあ、これから何を学びますか。


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